続・身欠き鰊
昨日に引き続いて、”身欠き鰊”のお話しです。
掃除した”身欠き鰊”は、とぎ汁と一緒に火にかけます。沸騰してから、しばらく湯がいたら、水に晒します。
身についた汚れを落としたら、昆布を入れた二番出汁で、煮ていきます。その際、酢を少し入れます。酢を入れるのは、軟らかくするためです。
こちらを。
その後、濃口醤油とたまり醤油を入れ、さらに煮詰めていきます。
煮汁が少なくなってきたら、香りづけに、”有馬山椒”を入れます。”有馬山椒”とは、山椒の実の佃煮です。
ちなみに、料理の名前に、”有馬(ありま)”がついているものには、山椒が入っています。”有馬”とは、兵庫県の”有馬温泉”のことで、山椒の産地として有名です。
また、京都府の”鞍馬(くらま)山”も山椒の産地で有名なので、同じ様に”鞍馬”と名前がつけば、山椒の入っている料理を意味しています。間違っても、天狗は入っていません。
日本料理では、この他にも地名がついた料理がいくつもあります。五重塔で有名な”東寺”とつけば、湯葉の料理ですし、”南禅寺”とつけば、豆腐の料理です。
”甲州”とつけば、ワインを使った料理です。要するに、有名な産地が名前につけられているのです。
こういう、隠喩めいた表現は、日本料理に限らず、フランス料理やイタリア料理でも耳にすることが出来ます。”○○のニース風”とか、”△△のマルセイユ風”のような感じです。
そう思うと、料理というものは、その土地とは切り離して考えることは出来ないものです。
そんなお話しをしているうちに、煮汁もなくなりかけてきました。その頃合を見計らって、味醂を入れます。照りを出すためと、煮しめるためです。
ようやく、煮上がりました。”鰊の有馬煮”の出来上がりです。下茹でを含めると、三時間ほどかかります。
今の時代、”身欠き鰊”のような仕事は敬遠されがちです。ただ、現在の日本料理の一つの流れとして、昔ながらの伝統的な仕事を重視してます。つまり、基本や原点に立ち返った仕事です。そういう基礎の上に、初めて新しい料理が生まれるのです。
さらに言えば、素材そのもの美味しさが求められるのも、現在の料理でもあります。
どんなに沢山の料理を作っていても、新しい料理は浮びません。同じことを繰り返しているうちに、ある日突然、頭の中に、豆電球が灯るのです。
こんなことをお話しすると、自分のことを、料理の名人や達人と思うかもしれませんが、決してそんなことはありませんし、間違ってもそう思わないで下さい。単純な繰り返しを、飽きもせずやり続けているだけなのです。
自分は、ただただ料理を作ることが楽しく、お客様に、自分の料理を喜んで食べてもらいたいがために、やっているだけなのです。ですから、自分の道楽めいたことにお付き合いしていただいていることに、感謝の念はつきません。
このブログも同様で、少しでも多くの方たちに、日本料理の美味しさ、料理人としての在り方を知って欲しいから、書き続けているのです。
これからも、どうぞお付き合い下さい。
志村
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